海苔のおはなし

第26話 海苔養殖発展の母 ドゥルー女史

現在の海苔養殖は「人工採苗」という、海苔の果胞子を貝殻で育て、生まれた胞子を海苔網に付着させて育てる方法をとっています。この方法は1949年にイギリスの海藻学者キャサリン・メアリー・ドゥルー女史(1901~1957)が海苔の生態を解明したことにより確立された技術で、これによって日本の海苔産業は急速に発展をしました。

海苔の歴史は古く、大和時代の貢物としても記録に残っています。その後、江戸時代に養殖技術が生まれましたが、夏の間、海苔が海の中でどのように過ごし、成長しているのかが不明であったため、漁師は秋口になると海の中に竹ひびや海苔網を立て込み、自然に海苔芽が付着して成長するのを待つといった方法をとっていました。このような自然まかせの方法では安定した生産をまかなうことができず漁師にとって、海苔養殖は当たれば大きいが、失敗すれば大きな借金をかかえるといった博打のような要素を持っていたため、海苔は漁師から「運草」とも呼ばれていました。

それまで、海苔の胞子は海の中に浮遊し海岸の岩場などに付着して夏を過ごし、秋口に果胞子を出すと思われてきましたが、ドゥルー女史は、海苔の胞子は春先に貝殻の中に潜り込み、その中で成長しながら夏を過ごし、秋口に貝から飛び出し海中を浮遊するといった生態を解明したのです。ドゥルー女史が親交のあった九州大学の故瀬川宗吉教授に研究の成果を手紙で伝えたことにより、熊本県の試験場で人工採苗の研究が始まりその技術が確立されていきました。これによって安定した海苔の採苗をすることができるようになりました。

日本の海苔漁師にとってまさに救世主であったドゥルー女史は日本に訪れたことがなく、その後の日本の海苔養殖の発展を知ることなく、1957年に56歳という若さで急逝しました。2001年に生誕100年を記念して、海苔漁師たちにより、有明海を一望できる熊本県宇土市の吉住公園に記念碑が建てられました。今でも毎年4月14日に県内外の海苔養殖関係者らが集まり「ドゥルー祭」が開催され、日本の海苔養殖の母を偲んでいます。

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