海苔のおはなし

第31話 焼くことで美味しくなる海苔

私たちが食べている海苔。その歴史は万葉の昔より書誌に記述がのこっているほど、日本人にとって身近な食材です。おにぎりやのり巻きでおなじみの「乾海苔」という形になったのは、今から300年前のことです。その当時から、海苔の製造作業はすべて「手作り」で行われていました。海苔の旬は冬なので、冷たい海の中での作業や、収穫した後の、陸の作業も、それはとても重労働でした。だからこそ、海苔は珍重されてきたのです。

品質の良い海苔をつくるためには、海苔を育てる為の「海の管理3分の2」、「加工と選別3分の1」といわれています。さらに、すばやく製造することも美味しい海苔の必須条件なのです。海苔の加工作業は、手作業で重労働、そして時間とのたたかいいであり、大勢の人手が必要でした。
今から約50年前、ある人物の情熱が海苔製造の歴史を変えた発明を生みました。

摘み取った原藻を水洗いし、細かく刻むという作業を行う「海苔ミンチ機」と海苔を乾燥させる「海苔乾燥機」が浅本敏美・数正兄弟により発明されました。この発明により、海苔の製造作業工程は、一気に自動化がすすみ、作業そのものが軽量化されると同時に、少ない人手も製造できるようになり、さらに製造のスピード性も向上することで、海苔製造の量産化につながりました。
浅本兄弟の会社は、チェンソー製造で有名な会社ではありましたが、新しい製品を作り出したい、その情熱から、その高い技術力を用いて海苔の製造機械を世に送りだしました。
その後、さらに改良がすすみ、かつて全工程手作りで行っていた時の1日分の製造量が、今では、ほとんど手をかけずにできる自動化がすすみ、わずか1時間でできるようになりました。
しかし、どんなに自動化が進んでも、製造工程は人の勘を必要です。機械の発明と昔から受け継がれてきた海苔への知恵、まさに日本人の英知が融合し、美味しい海苔を生み出していると言えましょう。

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