海苔のおはなし

第38話 時代とともに変化した海苔の価値

時代の中で海苔の存在は様々に変化してきました。日本最初の大宝律令では、朝廷への税金「調」として納める30種類の海藻の中で、海苔は最高級のものでした。このころの海苔は、現在のような板海苔の形状ではなく、海藻を干したままのものや佃煮のように加工したものでした。税金として珍重されていることから、平安時代は、貴族の食べ物で、とても庶民に手が届くものではありませんでした。

鎌倉時代は、贅をつくした貴族文化ではなく、素朴で質実を主とした文化へと変わっていきます。食文化も精進料理のような質素倹約型になりましたが、海苔はかわらず珍重されていました。次の戦国時代では、陣中食として即席料理が好まれた一方、海苔は希少価値が高く、かつ当時は生海苔だったこともあり、保存がきかない為、人気のある食べ物とは言えませんでした。

世の混乱が収まった江戸時代は、さまざまな文化が生まれ、発展しました。海苔が文献で確認されてから1,000年後の江戸時代に、長い間、希少価値の高かった海苔が、庶民の味へとなる原動力は、海苔の養殖がはじまったことがあげられます。それまでは、浅瀬に「ヒビ」と呼ばれる粗朶木(そだき)を建てて、その枝に自然に付いて育つ海苔をつみとって加工していたため、生産量が少なく高価なものだったのです。

なぜ、海苔の養殖が始まったのでしょうか?一説には、時の将軍、徳川家康が海苔好きであり、新鮮な海苔を献上する為に、海苔の養殖が品川・大森を中心に東京湾で始まったとされています。
海苔革命とも言える「海苔の養殖」は、以前に比べて安定した量と供給が可能となり、高価な食べ物だった海苔が庶民の食文化へと取り入れられ、海苔巻きなどが誕生したのもこの時代です。
その後、海苔は一大ビジネスとなり、海苔商人は、新たな産地を探し求めて、日本各地へ広がっていくことになります。海苔が庶民の味になったのは、徳川家康の「海苔好き」がその理由だったかもしれないなんて、面白いですね。

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