海苔のおはなし

第62話「海苔作り」道具の変遷

前回の海苔のおはなしでは、「昭和初期の海苔生産者の一日」と題して、海苔生産がすべて手作業だった時代の海苔生産のお話をしましたが、今回は、その歴史の中で変化していった道具のご紹介をします。

最初にご紹介するのは、「ヒビ」。海苔を育てるために海中で建てた木や竹を「ヒビ」と呼びました。「ヒビ」とは元来、木や竹を柵のように建てた囲いの中へ魚を誘い込んで獲る仕掛けをさすものでした。木や竹を建てて海苔を育てるという発想も、こうした漁獲施設の木竹に海苔が育つ状況からきたものと考えられています。
海苔ヒビは、江戸時代から大正時代には、ナラ、カシ、シイ、ケヤキなどの木の枝を束ねて作った「木ヒビ」が主流でしたが、1年ほどしか使えず長持ちしなかったため、大正〜昭和時代前半には、数年使うことができるモウソウ竹を真竹に縛った「竹ヒビ」が主流になりました。
しかし、「木ヒビ」や「竹ヒビ」は満潮時には海面下に潜るので、「海苔採り」の作業は、毎日変わる干潮時に縛られました。また、資材の運搬やヒビ作り、海中への建て込みにも膨大な労力が必要でした。こうした負担を軽減したのが、昭和20年代から登場した「海苔網(網ヒビ)」です。干潮時でなくても水面下の網を引き上げることで、海苔採りの作業ができ、網全体に海苔が付着するので、摘み取りやすく、海苔の収穫の効率も大幅に改善されました。

次に紹介するのは、「海苔切り包丁」です。「乾し海苔作り」の最初の作業「海苔切り」の作業は、生海苔を細かく刻む作業です。日本の「乾し海苔」は、韓国海苔とは違い、きめの細かい板海苔に仕上げます。そのためには、かなり細かく刻む必要があり、時間を要しました。
江戸時代から使われていた海苔刻みの道具は、幅の広い「海苔切り包丁」です。ケヤキのまな板の上で、両手に包丁を握り、交互に叩くように刻みます。
昭和になると、2〜3枚の刃を平行に並べて効率を上げる工夫をした「飛行機包丁」が登場します。さらにその後は、柄の先に鉄の刃が6〜10枚ついた「突き包丁」が登場します。「突き包丁」は重いので、柄の手元にタイヤのチューブやゼンマイ式のバネをつけ、天井から吊るして使いました。また、動力で複数の刃が上下する「海苔裁断機」が現れました。これらが使用されていたのは、昭和30年ぐらいまでで、その後はひき肉製造機と同じ仕組みの「チョッパー」が普及しました。

今回は、道具の移り変わりを中心に海苔作りの歴史をご紹介しました。海苔作り道具の変遷の裏側には、海苔生産に携わる人々の苦労や努力、また知恵や創意工夫を伺い知ることができますね。また、このような道具の改良が現在の海苔生産の土台となり、養殖技術とともに、今日の安定した海苔の供給に大きく貢献してくれています。

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